しばらく更新が止まっております。
Xでは投稿したのですが、我が家の猫さま “うにゃ” が先日虹の橋を渡りました。

6匹のロシアンブルーの家族の末っ子。
もともとこの6匹は奥さんの子たちでした。
奥さんに出会う前の私は10割全振りの「犬派」でした。
初めて奥さんの家に遊びに行った時、6匹の猫たちはどこにも見当たりませんでした(笑)
あるあるですよね。
カーテンの裏、ソファーの下、別の部屋、みんな隠れて「お前誰や!?」とこっちを見定めている中、1匹だけ足元に寄ってきて自分の身体をすりすりしてくる子がいました。
それが “うにゃ” でした。
実はうにゃは本名ではないんです。本当は別の名前があったんです。
でも、この初対面の時もそうだったんですが、「うにゃん。うにゃん」と喋るんです(笑)
いつの間にか我が家では奥さんも子供も “うにゃ” と呼ぶようになりました。
病院の診察券の名前も “うにゃ” です。

このうにゃは奥さんが当時から「この子は営業部長」と言っていたとおり、人懐こくて。
初対面の両親だろうと、ペットシッターさんであろうと、エアコン修理業者さんであろうと、秒ですりすりしに行く(笑)
そんな営業部長に私は出会って初日に心を鷲掴みにされ、日々うにゃに会うのが楽しみになっていました。(それこそ奥さんに会うよりも…w)
気がつけば犬派だった私はうにゃに骨抜きにされ、100%の猫派となり、今はボランティアで猫を幸せにしたいと思うまでになっているわけで、私にとってうにゃの存在はとても大きいものだったのは言うまでもありません。
6匹みんな好きでしたが、その中でも最推しでした。大好きでしたね。

葬儀も終えましたが、今もまだ喪失感は癒えません。
リビングに入れば、呼びかけなくてもこっちに向かって歩いてきて、足にすりすりして抱っこをせがむ、いつものうにゃがいるのではないかと思ってしまいます。
名前を呼べば「うにゃん」と言いながらこっちに寄ってきて、「撫でろ」と言わんばかりにお尻をこちらに突き出してくるうにゃが影にいるのではと思ってしまいます。
不幸中の幸いだったのは、苦しんで逝く素ぶりはなかったこと。
奥さんと見送ることができたこと。
そして、奥さんの計らいで私の腕の中でうにゃが逝ったこと。
きっとあんなに嗚咽して泣くのは、今はまだ元気な自分の親が亡くなるまではないだろうなと思うぐらいに泣きました。
失って存在の大きさに改めて気づく。
今まさにそれを痛感している毎日です。
うにゃは幸せな猫生だったかな。
もしそうであったなら幸せです。
うにゃ、元気でな。
お前の家族みんなによろしくな。
俺もそっち行くからさ、その時はまた「うにゃん」と鳴いて俺の胸に飛びついてきてくれな。
楽しみにしてる。またね。



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